篠宮龍三.オフィシャルブログ One Ocean〜海はひとつ!

2008.01.12 Saturday

ブレインサイエンス

スタティックをしていて、自分の身体が水に溶けて身体と水の境目がぼやけてくるように感じることがあります。またそんな時は時間の感覚も通常と違ってきます。いつもより早く、まるで飛ぶように時間が過ぎ去っていくのです。これは一体何なのでしょうか?よく知られるようにハイパフォーマンスが生み出されるときの最高の集中状態をスポーツの世界では「ゾーン」と呼んでいます。その大きな特徴は時間感覚と空間認識の変質です。一般的には「ピークエクスペリエンス」と呼ばれることもあり、心理学や現象学などでは「フロー理論」として研究されています。武道の世界では「無我の境地」などと、また宗教の世界では「神秘経験」などと呼ばれているものに近いのかもしれません。

二年前に東邦大学医学部の有田秀穂教授の実験に協力させていただいたことがあるのですが、その実験と有田先生とのお話が非常に興味深いものがありました。有田先生は脳科学の分野からいわば『悟り』というものを研究されているのですが、高名なお坊さんや尺八の師匠、はたまたフラダンサー、フリーダイバーとさまざまな分野のスペシャリストの集中状態の脳内を研究されているのです。自分もスタティックを行っているときの脳波を調査したところ、息こらえ中にもかかわらずα2というα波が出ていることが分かりました。これはリラックスしていながらも非常に集中しているときに出てくる脳波として知られています。有田先生によれば「クールな覚醒」状態だそうです。先生が調査研究されているさまざまな分野のスペシャリストたちはおしなべて集中状態で脳内にα2が出ているそうでした。


脳の上頭頂葉後部に「方向定位連合野」と呼ばれている部位があります。そこでは主に『今自分がどこにいて、何をしているのか』を把握しています。脳神経学者であるアンドリュー・ニューバーグやユージーン・ダギリらの研究により、「方向定位連合野」への血流量が落ちて活動レベルが下がると「今自分がどこで何をしているのか」が薄らぼんやりしてくる『求心路遮断』の状態となり、先に書いたような時空間の認識が曖昧になっていく経験をするのだそうです。
MRIなどを使って上頭頂葉後部の活性度を調べたその実験の被験者であるチベット仏教の高僧が言うには深い瞑想状態に入ると「自分と外界との区別がなくなり、自分が孤立した存在ではなく、万物と分かちがたく結ばれている」という実感を味わうのだそうです。その高僧の深い瞑想状態ではやはり方向定位連合野が求心路遮断状態となっていたそうです。
スタティックでいうと、水に身体が溶けて時間が飛び去っていく感じでしょうか。時間の感覚がなくなり、空間との融合感ともいうべき状態になっていきます。高いレベルのトレーニングを積んだスタティック中のフリーダイバーももしかすると方向定位連合野が求心路遮断の状態になっているのかもしれません。


とはいえおもに主観的である精神活動のすべてを科学で説明し、またはデカルト的、機械論的に語ってしまうのは少し味気ない気もしますが、ブレインサイエンスの世界から見て、スポーツでZONEに入るということと他の分野のスペシャリストの同様の経験の間に大きな類似性があり、またその発生原因には何らかの共通因子が見られるということは人間にとってシンプルにすばらしいことではないかと思います。違いを追究するよりも、有田先生の研究のように類似性や一定の法則性を見出すほうがはるかにポジティブでクリエイティブなことです。



スポーツに限らずその道を極めた人が放つ言葉には独特の響きがあり、また不思議と分野が違っても同じようなことを言っているのではないかと思うことがたくさんあります。道を極めていった先に脳の中でも同じような現象がさまざまなスペシャリストの間に起きているとすれば、もはやカテゴリーというバリアは存在せず、共通言語とも言うべき『ある感覚』だけがただ存在していることになるのではないでしょうか。それぞれの呼び名は違っても指しているものは同じではないかと思うのです。結局、極めた先に行き着くところはひとつなのです。

2007.10.12 Friday

ZONE

アスリートは極度の集中状態で普段と違う感覚に目覚めることがある。自分を俯瞰していたり、背後のものが見えたり、ものが光って見えたり、時間の感覚が伸縮したりするのだ。

スポーツ心理学の世界ではそれをフローまたはゾーンと呼び、さまざまな研究がなされている。
タイガー・ウッズはゾーンに入るとグリーンのカップがバケツほどの大きさに見えて、打つべきパットのラインが光って見えるという。また、マイケル・ジョーダンは現役時代、集中しているとリングがフラフープくらいの大きさに見えることがあったという。スピードスケートの清水裕保選手は世界記録を出すために滑るべきコーナーのラインが光って見えたそうだ。


時間の感覚も普通ではなくなるようである。
陸上100mの元世界記録保持者、ドノバン・ベイリーは、「走っている時には時間が信じられないほど伸びて無限のように感じられた」と語っている。
わずか10秒にも満たない世界なのにそこに無限と言えるほどの永い時間感覚があったというのだ!

一方、フリーダイビングでスタティックを行っているときはどうだろう。
自分の場合、調子がいいときは6分が3分くらいに感じられることがある。あっという間に時間がワープするように飛び去っていくのだ。
スタティックを行っているときは時間に対する解像度がグンと下がっているのだろう。
逆に何らかのアクシデントでヒヤリ、ハッとさせられた場合はどうか。例えば車にはねられて宙に浮いている時、きっとドノバン・ベイリーのような感覚が出てくるのではないか。
こういった場合では時間に対する解像度がグーンとあがり、通常で毎秒30コマくらいの解像度が毎秒120コマくらいに跳ね上がり、ハイスピードカメラでものを見ている感覚になるのではなかろうか。そしてどのような角度で地面に着地すればダメージを最小限に食い止める事が出来るのかを脳が高速で計算しているのだろう。

人体というのは物凄い知覚を秘めている。

そういえばプロ野球の世界で「ピッチャーの投げた球の縫い目が見えた」という選手がいたが、あながち嘘でもないような気がする。


普通の時間の感覚を超越した瞬間を生きる事はアスリートにとって最大の喜びのひとつなのかもしれない。





ではゾーンに入るにはどうしたらいいのだろうか。
それにはまず、「ああしなければ、こうしなければ」という自己を解放することから始まる。自分自身についてあれこれと思い煩わず、完全に活動に没入する事が必要なのである。活動と一体化することで自我意識から解放されるのだ。行為と認識を一致させる事が大切。
その状態になった時アスリートは無敵になる。対戦相手や結果や記録といったものから解放されると皮肉にも勝率が上るのである。これは自身何度も経験済みだ。(もちろん逆にエゴのせいで痛い目にもあっている)

リザルトよりもプロセスにフォーカスすることで最高のパフォーマンスが生まれ、最高の結果がついてくる。

そのためには「いま、ここ」を常に意識し、先のことや過去の事を考えない事が大事なのだ。いまこの一瞬の積み重ねがあってこそ未来がやってくる。コントロールできるのは「いま、ここ」だけ。
それは禅の教えに通じるところがあってとても興味深いところだ。それは頭ではなく身体で理解できる智慧。ニッポン人でよかったと思う。



いままでフリーダイビングの大深度潜水でゾーンの魅力を何度も経験している。自分が海とうまく調和できた時は不思議な感覚がやってくるのだ。海が自分を受け入れてくれ、グランブルーへの扉を開けてくれるのがわかるのだ。
それは“声”といってもいいかもしれない。なんとも奇妙な話だが、「オイデ」 「イクナライマダ」 「キテモイイヨ」 と海にいわれている気がしてくる。その声が聞こえてきたとき、どんなに波があっても流れがあっても絶対に失敗しない。そして決まって自己ベストやシーズンベストなどの好記録がヒットする。潜りながら、「受け入れてくれてありがとう!」と海への感謝の気持ちで一杯になる。



エジプト・コンスタント世界選手権へ向けた沖縄での調整も終盤に近づいている。体調、海況、気象は毎日違うが、その日できることに100%コミットできている。また、仲間たちも平日の忙しい合間を縫ってサポートを買って出てくれている。そんなありがたい環境のなか、-100mへの最終調整を行っている。

コンスタントで100mを越えるのはまさに“神の領域”に近づくことだ。

“神”といっても何か特定のカミサマを指すのではない。
言葉というのは人類の経験に基づいたいわば、「最大公約数」のようなものであり、陸上の経験がその大部分を占めていると思う。だから水中、とりわけ深い海での経験や感覚を言葉で表現するのは時に歯痒い思いを強いられる。だからといって理性を超えた対象に対して安易に“神”という言葉を繰り出してもいいかというと、そうではないだろう。

慎重に言葉を選びながら表現するなら、「人間技や人智を超えた次元」とでも言えようか。そこは不断の努力と、直感がものをいう世界。

1%でも自分を疑えばすぐさまストップだ。だから100%自分を信じきることだ。髪の先から足の爪の先まで60兆個の細胞を信念で満たすのだ!
100mのグランブルーは自分の信念が試される場所である。自分を疑ったがためにボトムまであと2,3mというところで耳がロックし、何度も辛酸を嘗めてきた。その2,3mの遠いことといったら!!!

そう、100m潜るという事はゾーンに入るということであり、逆に言えばゾーンに入れなければアクセス出来ない領域なのだ。


ゾーンに入れば全ては完璧に流れていく。フローと言われている所以だろう。Just Flow With it!
自我が消え、自分の身体は単なる乗り物となる。そしてオートパイロットで動いているように感じるのだ。寸分の無駄もなく、また失敗や成功の概念すらもなくなってしまう。
「やれる!」 「できる!」「がんばれ!!」といった内言も必要ない。
自分はそれが出来る事をただ「分かっている存在」になるため自分を鼓舞する必要がなくなるからだ。

そんなすばらしいフィーリングを深い海は授けてくれるのだ。

だからやめられない、そして海に感謝せずにはいられない。


BIG MAHALO TO THE OCEAN!














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プロフィール

篠宮龍三
篠宮 龍三.
しのみや りゅうぞう
プロ・フリーダイバー

2004年 日本人初のプロ選手となる。

2005年 世界ランク1位入賞。(フリーイマージョン種目)

2005〜2007年 国際大会三年連続総合優勝(エジプト、フランス、エジプト)

2008年4月バハマにて、アジア人初の水深100mに到達。世界ランク2位入賞。(コンスタント種目)

2009年4月にはジャック・マイヨールの自己最高記録の水深105mに到達。同年12月には水深107mのアジア記録をマークし、マイヨール越えを達成。(コンスタント種目)

2010年4月にはバハマにて水深115mの現アジア記録を達成。(コンスタント種目)
同年7月は自らオーガナイザーとなり沖縄で世界選手権をアジア初開催。また日本代表キャプテンとして参加し、銀メダル獲得。

2013年5月カリビアンカップにて水深56mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新。同年10月バリ大会にてコンスタント種目優勝。

2014年12月バハマ大会にて水深66mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新(通算37個目のアジア記録)

2015年4月バハマ大会にて総合準優勝。アジア人男性初のメダル獲得。

国内初のプロ選手として国際大会を中心に参戦。2016年10月、18年間の競技生活に幕を閉じる。現在は沖縄でスクールや海外ツアー、大会等を運営する。

OneOceanを自身のメッセージに掲げ、海洋保護を訴えるイベントをプロデュースしている。

一般社団法人沖縄フリーダイビング協会を立ち上げ、代表理事として沖縄でのフリーダイビングの振興を行う。

本の紹介
素潜り世界一
心のスイッチ
ブルー・ゾーン