篠宮龍三.オフィシャルブログ One Ocean〜海はひとつ!

2011.10.09 Sunday

【あと5日】新刊「心のスイッチ」10/14発売



池間島でフリーダイビング講習をしています。

宮古島にも潜在的にフリーダイビングをやってみたい方がいるんですよ。
こちらはほんとうにきれいな海です、ここで潜っていたら
きっとぐんぐん記録が伸びていくでしょうね。
サンゴも魚も元気、透明度も最高。
素晴らしい海です。
明日は念願の八重干瀬へ! 



さてさて、昨日に引き続き、最終章の夢のスイッチの続きです。
昨日はちょっとアツくなっちゃったかな。。。

今日は二つの夢のうちの一つである
「日本に世界選手権を誘致する」ということについて
書きました。今日はそのつづき(誘致以前の話ですが)
ともう一つの夢である世界一になることについて。


篠宮が初めて国際大会に出たのは2000年のワールドカップスイス大会。
幸運なことに、日本チームは銅メダルを獲得しました。
あのときの喜びは忘れられません。
もうずっとフリーダイビングをやっていくんだ!!!って思いましたね。
本当に楽しかったなあ。
今すぐにでもまた国際大会に出たい!って帰国しても、いやもう機中で
思っていました。
ちなみに大会ではコンスタントは37m、スタティックは5分でした。
そこから全てのキャリアは始まりました。 


そしていつかは日本に世界大会を誘致したいなと
おぼろながらも夢を抱きました。
10年間その誘致のタイミングを探ってきたのです。
誘致活動は2003年ごろから少しずつ始めてきました。
というのも2002年のハワイパシフィックカップで
日本は男子3位、女子2位となりそろってメダル、表彰台に。
これでようやく本格的に世界大会を誘致出来るだけの
イニシアティブが得られたなと。

2004年になって、2006年大会のビッグスポンサー候補が現れました。
非常に前向きでした。これはいけると思いました。
不安なく開催出来るだけの予算も得られそうでした。
ところが、、、最終的には折り合いがつかず座礁。撃沈。。。

「全てのお話お断りさせていただきます」

とメールで。今でも忘れない。メールですよ。。。
しかもクリスマスイブに告げられました。
なんてこったよ、サンタさん。。。
ビッグなプレゼントをありがとう。


でもあきらめませんでした。
ここで辞めたら全てを失うと思ったからです。
プロとして日本のフリーダイビングを背負って
盛り上げていかなきゃと。
ここでやめたら誰が盛り上げるんだ!?
篠宮が投げ出したら日本のフリーダイビングは終わるぞ、と思っていました。
常に危機感を持っていました。


ということで2006年大会は誘致に失敗し
エジプト、ハルガダでの開催となりました。

2008年の世界戦団体戦はまたもエジプトのシャルムエルシェイク。
2007年の個人戦世界大会もシャルムだったので、3年連続エジプト。
これにはみんなすこし辟易していました。海はいいのですが、陸の衛生面が。。

2008年エジプト大会で、日本の沖縄で開催して欲しいという声が
海外選手から少なからずあがってきました。

やるならここしかないなと思い切って手を挙げました。

見切り発車もいいところです。
AIDAから大会の開催許可が下りたのは2009年の暮れ。
そこから実質半年でスポンサーを集め、スタッフを集め、
メディアにリリースし、現地での受け入れ態勢を敷いたのですから。
スタッフ、関係者のみなさんには本当に不安な思いもさせましたし、
少ない限られた時間の中で望まれるような形でのコミュニケーションは
はかれなかったかもしれません。

それでも、なぜ大会を誘致するのか?
それは10年お世話になった世界のフリーダイビング界への恩返し。
そして沖縄のメンソーレの心で世界の選手をもてなそうと。
日本のフリーダイビング界を盛り上げようと。

その志をもっと深く共有出来ていればよかったのかなと思います。
とにかく時間が足りなかった。。。

でも間に合わなかったわけではないと思います。
最終的には大会は赤字も回避、大きな怪我もなく無事に閉幕。
結果も女子は金、男子は銀。
自国開催の世界選手権でこれ以上の結果はないと思いますね。
ヒヤヒヤする場面も沢山ありましたが。。。
それでも最後までやりきって本当によかった。
いまでは関わってくれた全ての人と出来事にただ感謝しかありません。
2004年のクリスマスに全てを断られたことにも意味があったと思えます。


これを機に、大会オーガナイズは引退。
小さい大会であっても運営トップを務めることは辞めました。


そしてここからようやくもう一つの夢へ。

世界一になる夢だけを追っていこうと思ったのです。


これもタイミングなのだと思います。




あ、また長くなっちゃった。

ごめんなさい。
今日はここまでにします。
明日は、世界一への夢を書きたいと思います。








 

コメント一覧

    • peko
    • 2011/10/10 4:24 PM
    • メールひとつで、ですか? それに、お断りをメールでしてくる企業って。。。失礼極まりないですねヽ(`Д´)ノ ビッグなプレゼントをありがとう。って、篠宮さんは、さすが心が広いっ(^0^)v 前作BLUE ZONEでは、うかがい知れなかった篠宮さんの当時の想いが、また?今回もあふれ出ちゃってますね。 -----

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プロフィール

篠宮龍三
篠宮 龍三.
しのみや りゅうぞう


フリーダイバー

AIDAマスターインストラクター

写真家



2004年 日本人初のプロ選手となる。

2005年 世界ランク1位入賞。(フリーイマージョン種目)

2005〜2007年 国際大会三年連続総合優勝(エジプト、フランス、エジプト)

2008年4月バハマにて、アジア人初の水深100mに到達。世界ランク2位入賞。(コンスタント種目)

2009年4月にはジャック・マイヨールの自己最高記録の水深105mに到達。同年12月には水深107mのアジア記録をマークし、マイヨール越えを達成。(コンスタント種目)

2010年4月にはバハマにて水深115mの現アジア記録を達成。(コンスタント種目)
同年7月は自らオーガナイザーとなり沖縄で世界選手権をアジア初開催。また日本代表キャプテンとして参加し、銀メダル獲得。

2013年5月カリビアンカップにて水深56mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新。同年10月バリ大会にてコンスタント種目優勝。

2014年12月バハマ大会にて水深66mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新(通算37個目のアジア記録)

2015年4月バハマ大会にて総合準優勝。アジア人男性初のメダル獲得。

国内初のプロ選手として国際大会を中心に参戦。2016年10月、18年間の競技生活に幕を閉じる。現在は沖縄でスクールや海外ツアー、大会等を運営する。

OneOceanを自身のメッセージに掲げ、海洋保護を訴えるイベントをプロデュースしている。

本の紹介
素潜り世界一
心のスイッチ
ブルー・ゾーン