篠宮龍三.オフィシャルブログ One Ocean〜海はひとつ!

2016.10.10 Monday

18年間ありがとうございました。

 

いつも応援してくださる皆さんへ

18年目となる2016年シーズンもおかげさまで無事に終わろうとしています。今季も応援ありがとうございました。

そして、

18年間応援ありがとうございました。

篠宮龍三は今シーズンをもって現役を引退することにしました。

 

2004年に5年間勤めた会社を辞めてプロになり、常に「プロとは何か」を考えてきました。

「記録を更新し続け、世界で活躍する」

これが以前から変わらない自分の思うプロのあり方。この3年間、いつ引退するのかも真剣に考えてきました。

記録が出ず、表彰台に立てなくなったら終わり。そのときは競技をやめようと思って大会に出てきました。

 

この3年間を振り返ってみると、

2014年はバハマでノーフィンのアジア新。2015年は同じくバハマで総合準優勝。そして今年2016年はまたバハマでフリーイマージョン種目銅メダル。

 

パフォーマンスと結果が年々低下していることは分かっています。ささやかな結果を出しながらも先の見えない焦りや不安、寂しさがありました。やはり世界には届かないのではないだろうかと。

そして来年はおそらく記録もメダルもないだろうなと今年のバハマで感じました。また現役のアスリートとしてこれ以上何かできること、やるべきこともないだろうなとも思い、大会後、本当に清々しい気持ちでバハマの海を離れました。

 

野球やサッカーのプロアスリートは球団や企業に雇われていて、結果が出なければ解雇されます。しかしフリーダイビングのプロ選手は所詮自称プロに過ぎません。少なくとも篠宮はそうです。結果が出なくても自称プロ選手を続けることは可能です。しかしそれは自分の思うプロ像とは違います。記録とメダルが取れなければ自分で自分を解雇しなければなりません。結果が出ないプロなんてプロとは言えないから。

 

かつての師匠ウンベルト・ペリザリに今年のバハマ大会で久しぶりに会い、今季で引退することを伝えました。

Do what you feel. Follow your instance!

感じるままに自分の瞬間を追いかけろ!

 

そう言ってくれました。彼は僕の好きなことやこれからのことを分かっているかのようです。ウンベルトは僕が初めてアジア新を出す前も伸び悩む自分に素敵な言葉で背中を押してくれました。師の一言はなんて偉大なんだろう。心の宝です。

 

人類で初めて100mを超えたジャック・マイヨールの存在を20年前に知り、彼に憧れてこの世界に入りました。自分の人生の半分をフリーダイビングとともに歩んできました。ジャックもフリーダイビングも知らなかったら一体どんな人生を歩んでいたのか、想像すらできません。こんなにも充実した時間を過ごすことができてジャックにもフリーダイビングにも感謝してもしきれません。生きる希望を与えてくれたのですから。ジャックの足跡を追い、2002年から2008年にかけて、61m、76m、86m、100m、101m、105mと旅をしてきました。ウンベルトがジャックの記録をより難易度の高い種目でフォローしてきたように、それに倣って記録を追ってきたのです。ジャックが実際に当時の記録を打ち立てたり訪れたりしたハワイ、伊豆、マルセイユ、バハマの海で、アジア記録を更新し、まるでジャックとともに旅をしてきたかのようでした。実際に言葉を交わすことはなかったけれど、ジャックを追いかける旅は本当に幸せでした。

その後は、2009年から2010年に107m、108m、115m。ついにジャックの記録を超えることができました。そして世界記録への挑戦をしてきました。一番好きなコンスタント種目やフリーイマージョン種目でチャレンジしてきましたが、もはや時間が足りませんでした。技術も精神も未熟でした。本気で世界記録を目指すならジャックの記録をフォローすることをどこかで諦め、プロになってからは世界記録への挑戦にできるだけ早くシフトすべきだったのかもしれません。しかし無視するかのようにジャックの記録を通り過ぎ、世界に手を伸ばすことはどうしてもできませんでした。僕にとっての記録は単なる数字ではなく、マイルストーンのようにとても大事なものだから。ウンベルトもジャックの記録をそのように扱っていました。その場所からはどんなグランブルーが見えるのか。先人たちの偉業に思いを馳せることが最大のリスペクトだと思ったのです。

限られた競技人生の中で、最高のレベルで能力と機会が噛み合わなければ世界記録は生まれないということは分かっています。しかし、世界記録よりロマンを追い求めた自分の競技人生に悔いはありません。自分は自分の時間を使い切ったと思っています。プロになった頃は努力と時間を積み重ねればいつかは全ての夢は叶うんだと思っていました。そうではなかった。でもやりたいようにやらせてもらいました。むしろ叶った夢の方が多いと思います。全てのことに時があります。始まりがあり、終わりがある。自分にもその時が来たようです。

 

自分の人生の半分をすごしてきたこの競技から離れることは、身体の一部がもがれるような辛さがあります。引退を意識し始めた数年前から、それはどれほどの寂しさと痛みなのかと想像を巡らし、また失うことの辛さに耐えられるよう心の中でイメージしてきました。これ以上心の底から燃え上がるものに出会うことはこの先の人生でもうないでしょう。そう思うと寂しくてたまりません。しかしいいのです。心を燃やし尽くすものに出会えただけで満足です。失う痛みをこの数年イメージしてきたおかげで、今はとても前向きな気持ちになっています。新しいことへの挑戦に心を躍らせています。

 

今は無事に競技人生を終えることができてほっとしています。これまで大切な仲間たちを海で失ってきました。心のどこかにいつも漠然とした死への恐怖感があったのです。この数年は一年一年、撤退戦だと思って戦ってきました。とにかく生き残ることを念頭において無事にゴールすることが何よりだと思ってきました。40歳を目前にした時、予期せぬアクシデントひとつで競技人生ばかりか人生そのものも危うくしかねないと感じていたからです。ワンミスが命取りです。だからとにかく無理せず、心身ともに疲れを残さずコンディションをキープすることを第一にしてきたのです。大好きな海で死にたくはないから。少なくとももうこれで、競技で命を落とすことはありません。これからは本当に穏やかな気持ちで海と向き合えるでしょう。むしろこれからが楽しみなのです。

 

ジャック・マイヨールは39歳から競技を始め、18年間記録を更新してきました。彼の最大の偉業はやはり人類初の100mダイブだと思います。それが達成されたのは奇しくも篠宮が生まれた1976年の11月でした。本当に勝手ながら自分は彼とのご縁を感じていました。だからアジア人で初めての100mダイブを達成するんだと心に誓ってきました。また篠宮は39歳まで18年間競技をしてきたことになります。ジャックファンには大変僭越で申し訳ないのですが、39歳からと39歳まで、ふたつの18年間の競技人生が交錯したようにも思えます。もちろん偉大なジャックに比肩したとはつゆほども思いません。もし彼がまだ生きていたならどんな言葉をかけてくれるのでしょうか。まだいけるぞ!なのか、もういいよ、なのか。それともはたして。走り終えた後に語り合いたかったな。

 

振り返ってみると、これまで37個のアジア記録を作ってきたことになります。無心で出せたものはほとんどなく、苦しみながら出してきた、でこぼこでいびつな記録たち。なんとかひねり出した時や風邪ひきで出した時もありました。自己最高記録が一番可愛いのではなく、むしろダメな子ほど可愛いとさえ思います。ともあれ全て愛しい37のわが子たち。大事な宝物です。こんなに多産になるとは思いもしなかったな。このスポーツの黎明期だからこそ、こんな素晴らしい機会に恵まれたのでしょう。世界が伸びていく時にその時代の波に乗ることができました。それは僥倖と言うほかありません。自分は本当に幸せなアスリートでした。

 

これまで競技で訪れた海を今度は旅人として訪れてみたいと思っています。世界の海で深さに挑戦してきましたが、これからは世界の海の広さをもっと肌で感じてみたい。まだ見ぬ美しく猛々しくそして手つかずで無垢な自然と海。潜りたい海はまだまだたくさんあります。世界の海は本当に広い。海に暮らすイルカやクジラたち、海底に沈んだ遺跡や洞窟。自分なりの目線でとらえていきたいと思っています。

 

冒険には仲間が必要です。そのために素晴らしいフリーダイバーたちを育成し世界大会へ送り込みます。また世界の海の広さを共有できるワールドツアーを行っていきます。努力することの尊さ、挑戦することの価値、そして水中世界の素晴らしさを伝えることをこれからの人生の柱にしていきたいと思っています。

 

これで戦いは終わりました。

しかしフリーダイバーとして海から学ぶことに終わりはありません。海は心の鏡です。自分の心の内側をいつも教えてくれます。海からのメッセージに心の耳を澄まし、海との対話がいつまでも続くといいなと思っています。

 

18年間見守ってくれた藤本コーチに、これまで競技を通して出会った方々に、応援してくださった皆さんに、潜りを教えてくれた先輩たちに、ともに潜った仲間たちに、そして祖父母、両親、兄弟、家族、親戚たちに、無事に競技人生を終えたことのご報告と心からのお礼を申し上げます。

 

18年間本当にありがとうございました。

 

 

2016年 10月10日

篠宮龍三

 

コメント一覧

    • ごくらくぼたる
    • 2016/10/15 7:12 PM
    • たいへんお疲れ様でした。
      すばらしい世界を教えていただき、ありがとうございました。
      これから先、自由に青い世界を人に伝える時間が増すことをお祈りしています。
    • selamutja
    • 2016/10/14 6:56 PM
    • 与えて下さった偉業は日本の宝だとおもいます。これから世界に向けて新しいヤングジェネレーションが活躍し、新しい希望ある時代を作って欲しいですね。お疲れ様でした。若手の育成を楽しみにしております。
    • あす
    • 2016/10/11 9:17 PM
    • グランブルーの映画が好きで、イルカと泳ぐために御蔵島まで行ったとき、篠宮さんの話を聞きました。本当にジャックみたいな人が日本人でいるんだと感動しました。これからも海と共に生き続けてください。お疲れさまでした。
    • ふくもとたけし
    • 2016/10/11 1:49 PM
    • こちらこそありがとうございました。
      日本人としてアプネア競技を切り開いて来た篠宮さんの業績は忘れられることはないでしょう。ぼくはいつか篠宮さんにご指導いただきたいという夢を持っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
    • てろ
    • 2016/10/10 8:59 PM
    • クレイジージャーニーであなたを見て知りました。お疲れ様でした。
    • ぴろ
    • 2016/10/10 4:25 PM
    • おつかれさまでした。フリーダイビングの魅力がこんなにも広まったのはあなたのお力があってこそです。

      One Ocean

      篠宮さんと同じ海ですごす仲間がこれからも増えることを願って。

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プロフィール

篠宮龍三
篠宮 龍三.
しのみや りゅうぞう
プロ・フリーダイバー

2004年 日本人初のプロ選手となる。

2005年 世界ランク1位入賞。(フリーイマージョン種目)

2005〜2007年 国際大会三年連続総合優勝(エジプト、フランス、エジプト)

2008年4月バハマにて、アジア人初の水深100mに到達。世界ランク2位入賞。(コンスタント種目)

2009年4月にはジャック・マイヨールの自己最高記録の水深105mに到達。同年12月には水深107mのアジア記録をマークし、マイヨール越えを達成。(コンスタント種目)

2010年4月にはバハマにて水深115mの現アジア記録を達成。(コンスタント種目)
同年7月は自らオーガナイザーとなり沖縄で世界選手権をアジア初開催。また日本代表キャプテンとして参加し、銀メダル獲得。

2013年5月カリビアンカップにて水深56mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新。同年10月バリ大会にてコンスタント種目優勝。

2014年12月バハマ大会にて水深66mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新(通算37個目のアジア記録)

2015年4月バハマ大会にて総合準優勝。アジア人男性初のメダル獲得。

国内初のプロ選手として国際大会を中心に参戦。2016年10月、18年間の競技生活に幕を閉じる。現在は沖縄でスクールや海外ツアー、大会等を運営する。

OneOceanを自身のメッセージに掲げ、海洋保護を訴えるイベントをプロデュースしている。

一般社団法人沖縄フリーダイビング協会を立ち上げ、代表理事として沖縄でのフリーダイビングの振興を行う。

本の紹介
素潜り世界一
心のスイッチ
ブルー・ゾーン