篠宮龍三.オフィシャルブログ One Ocean〜海はひとつ!

2007.11.04 Sunday

Umberto


かつての師、ウンベルトと再会した。

エジプト世界選手権はアプネアアカデミー・レッドシーのオーガナイズ

だったため、表彰式にプレゼンターとして招かれたのだ。


いまや2児のパパとなり、すっかりやわらかなオーラを醸し出していた。

以前のように世界王者として極限に生きる者が持つ独特の悲壮感や

緊迫感漂うオーラは全くなかった。


ウンベルトが日本に来てイントラコースを開催し、そこに参加したのが今から

6年前になるのだが、そのときに言われた言葉を思い出した。


「Future Japanese Champion」



そのときはひとつも日本記録を持っておらず、いつかは必ず獲るぞ!

と常に思っていた。練習では何度も日本記録を抜かしていたが、

大会になるとうまく実力を発揮できず、このまま練習チャンピオンで

終わってしまうのかな、と不安に思ったりもした。

だから自分の憧れのスーパースターに「お前が未来の日本チャンピオンだ」と

言われてまさに天にも昇る思いがした。手足が震えた。

そしてその年の秋にスタティックで初の日本記録を樹立した。6分22秒だった。

師の一言は偉大だ。



ウンベルトのイントラコースは1週間にわたり開催され、参加したわずか7名の

日本人はウンベルトと寝食を共にするという素晴らしい経験をさせていただいた。

その時にとても気さくにたくさんの話をさせてもらい、大きなインスピレーション

をもらった気がしている。

だが残念なことにその年、ウンベルトは競技を引退した。

さらに残念だったのはイタリアとAIDAが仲違いをして、この数年間

イタリアチームが世界選手権に出場しなかったことだ。

エレガントなイタリアの潜りを見たくて参加していた国もあった。

日本もそのひとつだったろう。


フリーダイビングの世界はいまやとんでもないハイスピードで

進化を続けている。レスキュー、トレーニング、セオリー、ストラテジー・・・

ウンベルトたちがAIDAを離れてこの6年、アプネアアカデミーは

世界標準とは言えないところも多々出てきてしまった。残念だ。

それが、この世界選手権に出場して、なお一層感じられた。

特にアプネアアカデミーイントラの水面セキュリティーと同イントラ

アスリートのSP前後のリカバリーのやり方だ。詳細は避けるが、

どちらもその選手のパフォーマンスだけでなく、生命に関わることもあるため

もっと広く研究して欲しい。エレガントかつ合理的になって欲しい。



TOYOTAやHONDAがF1に参戦し、その極限での経験が

新たな市販車作りにフィードバックされていくように、フリーダイビングも

競技会といういわば“極限での実験場”から得られる生のデータを次世代に

繋げる事が出来るのだと思う。そうやってAIDAはセーフティー、選手、

ジャッジ、ルールを作り上げてきた。

そういった点で、アプネアアカデミーとイタリアはAIDAと決別した

この6年、世界に大きく遅れをとってしまったと言わざるを得ない。


また、アプネアアカデミーイントラたちと話して思ったのは、競技に対して

偏った見方をしているということだ。よくありがちだが、競技はなんだか

姑息で、足の引っ張り合いをしているみたいだと思っているようだ。

とんでもない誤解だ。

自分はこれから100m、110m潜れる技術を身につけ世界を狙う。

ギオム、カルロス、デイブらは惜しげもなくテクニック、トレーニング方法

を事細かに教えてくれた。これは敵に塩を送るようなものだ。

トップになればなるほど自分の掴んだモノを惜しげもなく、喜んで他者と共

有しようとする素晴らしいスポーツマンシップを持っている。

だから回りがついてくるし、サポートしてもらえるのだ。




この世界選手権ではメダルも100mもつかめなかったため、これは単なる

戯れ言と一緒です。思うままに今の世界の現状と見比べて書きました。

自分はウンベルトをリスペクトしているし、いまでももちろん大好きだ。

でも、この記事で気を悪くされた方がいたらゴメンナサイ。



はやく世界記録を作って、師匠が見てきた世界を経験したいところです。

そして飲み屋で同じテーブルについて「最近は競技も悪くないっすよ」

なんてグラスを傾けたいところです。



 

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プロフィール

篠宮龍三
篠宮 龍三.
しのみや りゅうぞう
プロ・フリーダイバー

2004年 日本人初のプロ選手となる。

2005年 世界ランク1位入賞。(フリーイマージョン種目)

2005〜2007年 国際大会三年連続総合優勝(エジプト、フランス、エジプト)

2008年4月バハマにて、アジア人初の水深100mに到達。世界ランク2位入賞。(コンスタント種目)

2009年4月にはジャック・マイヨールの自己最高記録の水深105mに到達。同年12月には水深107mのアジア記録をマークし、マイヨール越えを達成。(コンスタント種目)

2010年4月にはバハマにて水深115mの現アジア記録を達成。(コンスタント種目)
同年7月は自らオーガナイザーとなり沖縄で世界選手権をアジア初開催。また日本代表キャプテンとして参加し、銀メダル獲得。

2013年5月カリビアンカップにて水深56mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新。同年10月バリ大会にてコンスタント種目優勝。

2014年12月バハマ大会にて水深66mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新(通算37個目のアジア記録)

2015年4月バハマ大会にて総合準優勝。アジア人男性初のメダル獲得。

国内初のプロ選手として国際大会を中心に参戦。2016年10月、18年間の競技生活に幕を閉じる。現在は沖縄でスクールや海外ツアー、大会等を運営する。

OneOceanを自身のメッセージに掲げ、海洋保護を訴えるイベントをプロデュースしている。

一般社団法人沖縄フリーダイビング協会を立ち上げ、代表理事として沖縄でのフリーダイビングの振興を行う。

本の紹介
素潜り世界一
心のスイッチ
ブルー・ゾーン