篠宮龍三.オフィシャルブログ One Ocean〜海はひとつ!

2008.01.16 Wednesday

BYE BYE ハスネ

板橋にあるスポーツクラブ、アクアプラザ蓮根が今月いっぱいで閉館となります。関東のフリーダイバーなら一度は行かれたことがあるのではないでしょうか?25mプールと水深6mのダイビングプールを擁する”ハスネ”には通い始めてから10年もお世話になりました。自分にとっては初めてロングフィンで潜水しフリーダイバーになったことを実感させてもらったプールですからとても思い出深い場所です。会社員時代には火曜日と木曜日の夜にバディーと練習していました。冬は土日も通っていました。いままでいったい何回利用してきたのでしょうか。

ハスネに通い始め、会社帰りにトレーニングしていく中で自分の記録がみるみる伸びていき、本当に楽しくて仕方がありませんでした。自分の成長曲線が跳ね上がっていくのが目に見えて分かりました。そんな中、2000年に国際大会”ワールドカップスイスラウンド”に初参加し、チーム総合3位に入賞したことから、これは結構行けるぞ!と世界へ向けた手応えをつかみました。すっかり有頂天になった自分は、ハスネの社長に直談判して「このプールで練習できたおかげで世界でメダルが獲れたんです、もっと上へ行きたいんです、自分のスポーンサーになってください!」とお願いしに行ったことがあります。今考えると世間知らずもほどがある・・・となんとも気恥ずかしくなります。無理なお願いをしてしまったため当然の結果となりましたが、社長はある日自分に分厚い封筒を渡してくれました。その中には特別優待券が何十枚も入っていました。タダ券を気前よく何十枚もポーンと出してくれたこと、そしてフリーダイバーを受け入れ、練習環境を提供してくれた社長には今でも感謝しています。

自分にとってハスネの立地条件が最高によかった、ということも感謝しなければなりません。会社員時代は埼玉の実家から世田谷のオフィスに通っていたのですが、ハスネはちょうどその中間地点だったのです。どんなに利用条件の良いプールがあっても、会社や家のそばやその中間になければサラリーマンアスリートのトレーニングは長続きはしません。また、練習の日は定時であがれるよう1〜2時間早く通勤し、昼休みもおにぎりをかじりながらPCに向かっていました。本当にアツい時代でした。よくがんばっていました。懐かしい思い出です。自分のフリーダイビングに掛ける青春のすべてをつぎ込んだ、思い出のたくさん詰まった場所なのです。「こんないい場所にこんな懐の深いプールがある!」と何度うれしく思ったことでしょう。自分は本当に幸運に恵まれていたと思います。

ウンベルトが現役時代にTVと雑誌の取材でハスネに来たことがあったようで、壁には彼のサイン入りの写真が飾られています。プールに入る前にそれをちらっと見て、「よーし今日もやるぞー!」と気合いを入れてから入水していました。そんな折、三重に仕事で出張していたときに丁度ウンベルトが同じ日に志摩に来ていました。映画『OCEAN MAN』のロケで海女さんと一緒に泳ぐシーンを撮影しに来ていたのでした。「よっ出張上手!」とみんなにからかわれながらもすばらしい偶然に感謝せずにはいられませんでした。彼には「自分は、ウンベルトがTOKYOに来たときに使ったプールと同じプールでいつもトレーニングして、それはあなたのようにすばらしいダイバーになりたいからなんだ!」と伝えると微笑んでスタティックとダイナミックのトレーニングテーブルを書いてくれました。次の日からそのメモを見ながらハスネでまさに狂ったようにトレーニングをしていきました。あのころの自分にとってハスネは都内に存在する”フリーダイビングの聖地”に近いものでした。


2006年からはハスネでプールのスクールも行いました。アプネアエントリーダイバーから、ドルフィンスイマー、スノーケラー、日本代表選手、日本記録保持者・・・おかげさまでたくさんの方にお越しいただきました。本当にありがとうございました。


そして今日は自分にとってラストのハスネトレーニングでした。今日のメニューは非常にきつかったのですが、絶対に悔いのない練習をしようと心に決めてスタティックとダイナミック、そしてネガティブを行いました。パッキングはもう室内の空気をすべて吸い尽くしてやろうというほどに、そして練習中、苦しいなんて単なるいい訳だ!と自分を叱咤し一秒一秒を最後まで味わいました。鼻の奥がツーンとしたのは塩素のせいだけではないようです。



思い出は語り尽くせません。しかしいつまでもノスタルジアに浸っている訳にもいきません。明日からハワイ島でトレーニングです。4月のバハマでのBIG DIVEを目指してビッグアイランドにキャンプインします。ローカルのフリーダイバーが自分を待っていてくれます。本当にうれしいことです。

「スポーツ選手は現役中に過去のことを懐かしんではいけません」とはイチローの言。

アスリートは目標達成の日から逆算して今日を生きなければいけないのだと思います、ターゲットに対し、より前へより上へと。4/1開幕のバハマ大会に向けて日々是精進。





今の自分があるのは間違いなくハスネのおかげです。
心からありがとう、ハスネ!
おつかれさん。





 

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プロフィール

篠宮龍三
篠宮 龍三.
しのみや りゅうぞう
プロ・フリーダイバー

2004年 日本人初のプロ選手となる。

2005年 世界ランク1位入賞。(フリーイマージョン種目)

2005〜2007年 国際大会三年連続総合優勝(エジプト、フランス、エジプト)

2008年4月バハマにて、アジア人初の水深100mに到達。世界ランク2位入賞。(コンスタント種目)

2009年4月にはジャック・マイヨールの自己最高記録の水深105mに到達。同年12月には水深107mのアジア記録をマークし、マイヨール越えを達成。(コンスタント種目)

2010年4月にはバハマにて水深115mの現アジア記録を達成。(コンスタント種目)
同年7月は自らオーガナイザーとなり沖縄で世界選手権をアジア初開催。また日本代表キャプテンとして参加し、銀メダル獲得。

2013年5月カリビアンカップにて水深56mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新。同年10月バリ大会にてコンスタント種目優勝。

2014年12月バハマ大会にて水深66mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新(通算37個目のアジア記録)

2015年4月バハマ大会にて総合準優勝。アジア人男性初のメダル獲得。

国内初のプロ選手として国際大会を中心に参戦。2016年10月、18年間の競技生活に幕を閉じる。現在は沖縄でスクールや海外ツアー、大会等を運営する。

OneOceanを自身のメッセージに掲げ、海洋保護を訴えるイベントをプロデュースしている。

一般社団法人沖縄フリーダイビング協会を立ち上げ、代表理事として沖縄でのフリーダイビングの振興を行う。

本の紹介
素潜り世界一
心のスイッチ
ブルー・ゾーン